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血の色をした空の許で

SFっぽいナニカ。
2432字。続きを見るからどうぞ。




 WW50――第五十次世界大戦だなんて、二十世紀の人間が聞けば卒倒しそうなものである。
 戦争が各国のお上と技術者とロボットによる意地の張り合いと化して久しい。万国博覧会の役割はここ数十年で世界大戦に取って変わられてしまった。それはいかにクリーンで、革新的で、意義があり、魅力的かを戦わせる競争であり、そこに我々平民の介在する余地など残されてはいなかった。
 当然ながら実際に戦闘を行うのはロボットである。戦闘機など、単純なAIと共に疑似痛覚が植え付けられているらしい。不快感――ここでは痛み――を忌避するという、およそ心理を推し量れるもの全てに共通するだろう性質を利用してのことだった。公式にはナントカ・カントカ・テクノロジーと呼ぶらしいのだが、その本質はロボット愛護団体から大バッシングを受けた第七次の頃から変わってはいない。「戦闘機はな、青い涙で痛い痛いって叫ぶんだ」――そう教えてくれたのは、第十四次まで技術者をしていた祖父であった。

 更にお上と平民の間の溝を深くするのはコミュニケーション媒体の変革である。かつて学識ある者の技術であった読み書きは、今や学識なき者の道具となってしまった。
 あれは第三十数次の頃であったか。これからの時代は「思念」コミュニケーションである――まだ読み書きの能のあった学者は、たしかそう熱弁を奮いながらしきりにパワーポイントを示していた。書き置きをしなくとも残留思念によって委細まで忠実に伝えられる。表面的な「言葉」だけでなく「感覚」までもがやり取りできる。だから齟齬やいさかいが起こりづらい、という話であったが、そうであれば世界大戦の莫大なナンバリングは一体どういう了見なのであろうか、と思う。
 有史以来培ってきた技術を捨てるというのは、それはそれは勇気が要ることであろうが、私のような者には勇気は勇気でも蛮勇に思えてならなかった。
 しかし、お上は私のような文筆家を強制的に廃業させるようなことも、ましてや読み書きを禁ずるようなこともしなかった。技術は国民のためという大義名分が失われるためである。だから路傍で詩歌を認める私を一瞥した時も、ただ憐れみに似た感情を乗せてフッと鼻息を強くするだけだった。
 とはいえ今や表現の巧拙に然したる意味はなく、より良い感覚を想起することのできる者こそが優れた芸術家とされる。文筆家は時代の潮流に乗り切れない老人と新たに産まれてくる物好きな子供のために、あるいは他でもない自分のために、ほとんど趣味のように筆を踊らせるのである。

 家の暗がりで思索に耽っていると、どうも気分が沈んで仕方がない。思索の裏側で進行していた仕事――文筆業ではなく、許嫁の父親に任されたもの――に区切りを付け、どこか爽やかな風の吹くところで文章を書きたいと席を立つ。近くの土手なんて良いだろう。
 彼女に見繕ってもらった帽子を頭に乗せ、手帳と筆記具を片手に家を出る。太陽の明るさに目の奥がじんと痛むが、帽子のお陰で二、三度瞬きすれば馴染んでくる。ものの数分で土手に着き、柔らかな草花の上に腰を下ろす。
 標高の高いこの地域は、ここ十年ほど騒がれている地球寒冷化の影響もあってか真夏でも比較的に過ごしやすい。世界には都市全体をドームで覆ってしまった地域もあるというが、補修に苦心していると聞けば他人事ながら同情を禁じ得ない。しかし本物の夕焼けを見たことがある人間は、そこに何人いるのだろうか。

 そのような取り留めのないことを書いては消し、風に揺れる雑草を眺めていると、不意に鈴を転がすような声が降ってきた。
「文吾さん」
 見上げれば――見上げずともわかるが――可憐な許嫁が屈んでこちらを覗き込んでいる。
「紅子(こうこ)さん」
「何をしてらしたの?」
「何か書きたいな、と」
「あら、そうなの。ごめんなさいね、お邪魔してしまったかしら」
「いえ、大丈夫です。特に何も浮かばなかったので、むしろ居てくださったほうが有難い」
 私がそう言うと、彼女は花のように笑った。
「そう? なら、お隣失礼するわね」
「あ、それならハンカチを」
 お着物が汚れてしまいますから、と言い切るより早く、彼女はギンガムチェックのワンピースを地べたに着けて、いたずらっぽく笑ってみせた。
「クッキーを持ってきたの。あなたにはお箸も。良かったら食べてみて頂戴」
 バスケットでの運搬に耐えられるような、少し硬めのざくざくした生地。甘さは控えめ、バターも少なめ。彼女の好きな甘いブールドネージュとは正反対であり、それの意味するところに瞑目する。
「……どうかしら?」
「美味しい、です。……とても」
「本当? 嬉しい。文吾さん、あまり重くないクッキーの方が好きって言っていたでしょう? だから新しくレシピを考えてみたの。お口にあったみたいで何よりだわ」
「……もしかして、私を探してここへ?」
「ええ、勿論。一番に食べて貰いたくって」
 耐えきれず視線を上空にやれば、抜けるような青色の中、二機の戦闘機がレーザーを撃ち合っているのが見えた。私の内心を知ってか知らずか、彼女も追って空を見上げた。
「今日も変わらず、ねえ」
「ええ、そうですね」
「こんなにも綺麗な空なのに、彼らは見向きもしないもの」
「……そうですね」
「あら。出会った頃のあなたなら、『戦闘機には空を愛でる機能など付けられていませんから』なんて言っていたでしょうに」
「紅子さんの影響ですよ」
 柔らかな白い光が弾け、戦闘機の青い血液が霧状になって私達の頬を撫でる。神経の損傷が演算処理装置にフィードバックされるその証が、痛みを訴える彼らの思念が、きらきらと輝いて、虹を形作る。
 彼女は少しの間目を閉じて、いやね、と口の形だけで言って笑った。私は何も言わず、彼女の華奢な手を取った。

 血のような青い空が、穏やかな紅色になるその時を、二人で待っていた。

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