12月末に書いて今の今まで更新を忘れているなど。
これは初稿です。加筆修正版はラストが多少分かりやすくなっている気がしますが、代わりに読みごこちの良さが損なわれたので好ましくはなく。
ルビ指定も面倒だからいいかなって思いました。
877字。続きを見るからどうぞ。
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平日午後一時、駅の中。まばらな足音と忙しない発車メロディの重奏がくぐもる、アクリル板の扉のその向こう。足を踏み入れた青年が、くたびれた作業着の中年に話しかけた。
「煙草が美味しい季節ですね」
白い息が、空間に立ち込める煙を揺らす。それが溶け込んだのを見届けたのか、それともただぼうっとしていただけなのか、とかく一拍置いてから、中年も深く息を吐いた。また煙が揺れ、溶け込みながら、空間の煙たさに加わった。
「そうだなぁ。ま、俺にとっちゃあ煙草はいつでも旨いんだけどな」
「それもそうです」
それっきり青年は黙りこくっていた。中年も黙りこくっていた。
青年がいつの間にやら取り出した文庫本の二ページと三行目を読み終えた時、不意に、あるいは痺れを切らしたように、中年が口を開いた。
「兄ちゃん、吸わないのかい?」
青年は黒いタートルネックがちくちくするのか、リブ生地の上からもぞもぞと首を引っ搔いていた。
「え? ああ、待ってるんです」
「待ち合わせかい。んならもっと別のトコで待ちゃいいのに。臭いが付くぜ」
「いえ、気にしませんので」
「心が広いんだねぇ」
それっきり二人は黙りこくって、紙をめくる音と息を吐く音だけで会話した。ページとページの隙間には、煙と臭いがたっぷりと挟まった。
中年が煙草を吸い終わったような素振りをしたので、青年はそう詰まっていない活字の群れから目を離して吸い殻を見た。七ページと十二行目を読み始めたところだった。
「あ、すみません。それ、くれませんか」
淡々とした声色の裏に、羨ましそうな響きが滲んでいた。
「なんだシケモク拾いかい。わざわざ吸殻集めなくたって新品あげるよ。なんだか知らねぇが頑張りなよ」
「ははは、どうも」
中年は青年の肩をポンと叩いて改札階に帰っていった。青年は申し訳ないような有難いような顔で笑った。
くたびれた背中を見送った青年は、少しばかり周囲をきょろきょろ見まわして、灰皿に落ちていった吸殻たちに思いを馳せながら、煙草を一口齧った。
「冬の吸いたてが一番美味しいのになぁ……」
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