何事もなければ春部誌に載るSSです。
微睡みの淵のとろりとした感じを愛しているのです。
てことでレムレムした不思議な話。
「バレリィナ」って表記、よくないですか。「唄」とか「謡う」とかもこだわりポイント。
作者的一押しポイントは「囁くように朗々と」という形容。
624字。
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ふと気付けば目の前でバレリィナがくるくると回っていた。私はそれをぼうっと見つめていたらしい。私の隣に腰掛けた楽師がよくわからない節の唄を爪弾き、その肩の上で夜闇に映える純白の妖精が囁くように朗々と謡っている。頬を撫でる柔らかな風が心地好い。
「あら、はじめましてかしら?」
とろりとした風景に浸る私に、妖精が話しかけてくる。
「ええ、おそらくは」
「なら、私と謡いましょう? こんなに月が黒いのだから、素敵なひとときになるはずよ」
この唄、本当はデュエットなのだけれど――。楽師の彼は無口だから、と微笑んで、妖精は空豆ほどもない小さな両手で私の指をとった。
「けれど、私は歌詞を知りません」
すると妖精は目をぱちくりと瞬かせ、鈴の声でコロコロと笑った。
「大丈夫よ。あなたが望めば、きっとわかるわ。ここはそういうところだもの」
いつの間にか眠っていたらしい。相変わらずくるくると回るバレリィナが薄目に飛び込んできた。己が楽師に凭れかかっているのを認識し慌てて身を起こすと、妖精が心を読んだように口を開いた。
「心配しないで。彼はこんなことで怒ったりはしないわ。それに、朝が近いもの。仕方ないわ」
ぼんやりとした意識で聞き流す。言葉が頭に入らない。
「今宵の月は、綺麗でしょうか」
ぼんやりとしていたから。今宵は新月、綺麗も何もないと気が付いた時には、問いは既に私の唇を飛び出たところだった。
「ええ。あなたが望むのなら、きっと」
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