忍者ブログ

てい・ぽっと

創作。 新作は年2ペースです。

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コメント

現在、新しいコメントを受け付けない設定になっています。

夏ミカン

今年の夏部誌と個人誌に載ってます。
私にしては珍しい、真っ当に青春してる甘酸っぱい恋愛もの。幼馴染み同士の恋愛はいいぞ。
初期タイトルは「甘夏」だったのですがあまりに旬から外れていたので……いや夏ミカンだって遅くて7月なのですが。

1629字。
続きを見るからどうぞ。




 俺は夏ミカンが嫌いで、対するケーコは夏ミカンが大好物だった。
 愚かにもケーコのことを好いていた幼き日の俺が、彼女におやつの夏ミカンを譲るためについた可愛らしい嘘。……だったのが、自己暗示とは恐ろしいもので、いつの間にやら本当に嫌いになっていたというワケだ。
「あっつい!」
 夏休みも残すところ一ヵ月を切った。例年通り課題を最後まで残す気な幼馴染みのために、クーラーの壊れた俺の自室で勉強会を開いていた。
 窓は全開、二つの扇風機は共に強風。セミの声がすこぶるうるさく、麦茶に放り込んだ氷は既に溶けきっている。
「叫んだところで、勝手にクーラーが直ったりはしねぇぞ。口動かす暇があるなら、手ェ動かしたらどうだ」
「うー、そうだけど……。てか、アヤイチだって喋ってばっかりじゃん」
「はっはっは、俺はもう終わったんでな。悔しかったらとっとと課題片付けろよ」
 呪詛めいたものを吐きながら課題に戻ったケーコを少し不憫に感じた人の良い俺は、つとめて明るい声を出した。
「そーいや、ばーちゃんちから夏ミカン送られてきたんだった」
「マジで!?」
「マジで。食う?」
「食べる食べる! って、お母さんに無断でいいの?」
「いいよ、どうせお前んちにお裾分けするだろうから。今年は豊作だったとかで、いつにも増して大量に送られてきたしな」
「やったー! これで夏に耐えられる!」
「んじゃ、戻ってくるまでにここまで進めとけよ」
 ニコニコと今にも小躍りしそうな笑顔を浮かべるケーコにそう告げると、うってかわって泣きそうな表情になった。本当にいじりがいのある奴だ。
「アヤイチのバカ! イジワル! 魔王! 」
「どうとでも言っとけ」
 一階の台所に降りて夏ミカンを剥き、皿に盛る。自分は食べないくせに、気付けば皮を剥くことだけは得意になっていた。代わりにケーコの嬉しそうな顔が見られるから良いのだが。
 皿を持って自室に戻ると、ケーコが唸りながら証明問題と格闘していた。
「進んだか?」
「進んだ! というか進めたわよ!」
「おー、偉い偉い。って、ほとんど飛ばしてるじゃねーか!」
「私が十分そこらでこれだけ解けると思う? むしろ大問四を解けたのは末代まで語り継がれるべき偉業よ!」
「自力で? お前にしちゃすごいな。さて、応用問題が解けたなら基礎も解けるはずだよな?」
「……夏ミカンは?」
「終わるまで出しませーん。一個だけ食って頑張りたまえ。ホレ、あーん」
 ……俺は何をしているんだ。こういうのは普通、恋人どうしでやるものじゃないのか?
 とはいえ今更出した手を引っ込める事もできない。ああ、もう、なるようになれ。
「子供扱いしないでよ。食べるけど!」
 ぱくり、と。おもむろに開かれた唇へ、夏ミカンが吸い込まれる。咀嚼して嚥下する姿から、なぜか目が離せなかった。
「……何よ」
「子供扱いっつーか、餌付けだよな」
 素直じゃない俺は思ってもいないことを口走る。
「……綾一の馬鹿」
「バカで結構。……いやお前、今綾一つった? わりと怒ってる?」
 ケーコが俺のことを綾一と呼ぶ時は、たいてい怒っている時なのだ。
「怒ってませんー。けどアヤイチが罪悪感に苛まれてるなら許してしんぜよう。 お礼はその夏ミカンのお皿でいいよ」
「へーへー、差し上げますよ」
「やったぁ!」
 俺はケーコには甘いな、とつくづく思う。
 ――本当は気付いていた。夏ミカンをつまみながら数式を解くケーコの頬が、夏ミカンを食べさせた時からオレンジ色に染まっていることも。俺の鼓動が、確かに速まっていることも。俺がいまだに、ケーコのことを好きだということも。
 いっそ想いを伝えてしまったら楽になるだろう。好きだ、と一言。たった一言だけなのに。言えない、薄皮一枚がもどかしい。
「……なあ」
「なーに?」
「夏祭り、一緒に行かね?」
「……うん、いいよ」
 後のことは頼んだぞ、未来の俺。

拍手

PR

コメント

お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字

プロフィール

HN:
苫津そまり
性別:
非公開

ご意見ご感想ボックス

感想ください

Googleフォーム
もしくは
気軽に投げられる箱

ブログ内検索