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てい・ぽっと

創作。 新作は年2ペースです。

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救世主

救世主視が好きです。
男性が少女に縋るシチュエーションも好き。
それだけ聞くとなんだか倒錯的でフェチっぽいって? 純愛ですよ一応。

4551字。
続きを見るからどうぞ。





 船に揺られて数時間。ついに目的地の島へ到着した私は、少女がかけてくるのに気がついた。
「救世主様(メシア)!」
「は?」
「救世主様(メシア)! あなた、救世主様(メシア)でしょう!? わたしの夢に出てきてくださった!」
「落ち着け。私の名はクリストフ。君の名前を教えてくれるか?」
「そうね、そうだわ! 名前も言わないなんて失礼だものね! わたしの名前はメアリ。メアリ・ハンフリーズ! 救世主様(メシア)に会うために生まれてきたの!」
「メアリ……良い名だ。しかしメアリ、メシアと呼ぶのはやめてくれないか? 私は救世主(きゅうせいしゅ)なんてガラではない。それに――正直、視線が痛い」
 同じ船から降り立った人々が、何事かとこちらを見ているのだ。
「なら、クリストフ様?」
「様付けもやめてくれ。呼び捨てか、せめてさん付けで頼む」
「じゃあ、クリス! 慣れ慣れしすぎるかしら?」
「いや、クリスで構わない。友人からもそう呼ばれていた」
 ちらりと時計を見ると、約束の時間が差し迫っていることに気付いた。
「すまないメアリ、もう行くよ。外せない用事があるんだ」
「ええ、わかったわ! 時間があったらまたお話しましょう? わたし、晴れの日の午前中はたいてい港にいるから!」
「ああ、頑張って時間を見つけよう」
 そう言って、私はこれから働く屋敷へ向かった。
 ◇
 
 雇用主はこの地域の名家の当主、アダム・ハンフリード。昼の間は娘のボディーガード、夜はスパイの類いへの拷問役とついでに処刑役として雇われた。以前、アダムのボディーガードを務めた際、刺客をサックリと殺してしまったのだ。実力を買って、と言うが、実際のところは何の感慨もなく非道を成せる者を欲していたのだろう。喜んで非道を成す者も、嘆きながら非道を成す者も、この仕事には不向きなのだ。
 
「ただいま帰りました、お父様!」
 雇用内容の確認を終えたところで、不意に扉ががちゃりと開いた。
「ああ、良いところへ帰ってきたね。彼がこの前言っていた――」
「クリス?」
 執務室へ入ってきたのは、先程話した少女――メアリだった。
「おや、知っているのかい?」
「はい、港で少し話したんです。ハンフリーズ姓と聞いてまさかと思っていましたが、そのまさかとは……」
「ということは、クリスが私のボディーガードになるのね? とっても嬉しい! 毎日がもっと楽しくなるわ!」
「もう懐いているんだね。それはよかった。お転婆な娘だが、よろしく頼むよ」
「ええ、お任せください」
「ね、ね、お父様! クリスにお屋敷を案内してあげていいかしら?」
「ああ、いいよ。行ってらっしゃい」
行きましょう! と手を引かれるままに、アダムの執務室を後にする。
 ◇
 一通り屋敷を見て回り、最後に来たのは何の変哲もない扉の前だった。
「ここがわたしのお部屋! 入ってちょうだい。中でお話しましょう?」
「いや、それは……」
 幼いといえども女性の部屋へ入るのはどうなのだろうか、と少し躊躇う。
「どうして? ボディーガードなのだから構わないでしょう?」
「……お嬢様が良いのであれば」
「もちろん良いわよ! ほら、入って入って!」
「では、失礼します」
 メアリの部屋は意外にもシンプルにまとめられていた。
 柔らかい白の壁に、マホガニーの調度品。小物はワインレッドで統一されており、少女の部屋というには些か落ち着きすぎているように感じられる。
「そこのスツールに座って。さあ、何から話そうかしら」
 メアリはそう言うと、ベッドの上にぽすりと座った。
「あ、そうだ。どうして敬語なの、クリス?」
「主人のお嬢さんにため口なんてきけやしませんよ」
「わたしは構わないのに。ね、敬語をやめてと言ったらやめてくれる?」
「できません。私の信用問題にも関わります。私は外の人間ですから」
「ため口をきいているところを人に見られるのが嫌なのね? じゃあ、わたしとふたりきりの時だけでも敬語をやめてくれないかしら? お嬢様呼びも駄目よ、メアリと呼んで頂戴」
 少女の瞳は純粋で、残酷だった。私はその視線に耐えられず、目を逸らした。
「……ああ、メアリがそこまで言うなら、そうしよう」
「本当? 嬉しい!」
 それから私たちは日が落ちるまで話し続けた。好きな本について。私が訪れた国の話。珈琲と紅茶ならどちらが好きなのか。
「そういえば、私のことを救世主と呼んだのは何故なんだ?」
 メアリは少し躊躇う様子を見せ、そして口を開いた。
「わたし、夢をみるの。救世主様(メシア)がわたしを守ってくれる夢。すごく小さいときからずっとよ。それでね、その救世主様の見た目が、きらきらのプラチナブロンドの髪に透き通った薄い青の瞳で……」
「私に似ていた、という訳か」
「そう! 一目見て、こんなにきれいな人は救世主様に違いない! って思ったの」
「確かに私は色素が薄いが、こんな髪や目の色は北国では珍しくないぞ?」
「うん。わたしもクリスのような髪や目の色の人は見たことがあるわ。でも、救世主様だ! って思ったのはあなただけなの」
 目の前の少女はなぜだかわからないけれど、とはにかんだ。
 コンコン、とドアが恭しくノックされる。はぁい、とメアリが明るい声で返事をした。
「お嬢様、夕食のお時間ですよ。――あら? そちらの殿方は……?」
 ドアを開けた使用人の女性は、もっともな疑問を呈した。
「本日よりお嬢様のボディーガードを勤める、クリストフと申します。以後、お見知りおきを」
「あら、あなたがボディーガードの! 私は世話係のジャネットと申します。お嬢様をよろしくお願いしますね」
「ジャネットは私が赤ちゃんの頃から見てくれているのよ。第二のお母様のような感じかしら。さぁ行きましょう、クリス!」
「私もついていって良いのですか?」
 私の疑問にジャネットが答える。
「この屋敷では、ご主人様も使用人もみんなが同じ食堂で同じ夕食をとるんですよ。少数で豪華なものを食べるよりも大人数で質素なものを食べるほうが良い、というご主人様のご意向です」
「それは、すごいですね……」
 アダムの朗らかな人柄がうかがえ、己の雇用内容とのギャップに心底驚いた。
「ああ、そうだ、クリストフさん。ご主人様から、夕食を終えたら執務室まで来るように、との伝言です」
「そうですか。ありがとうございます」
 ◇
 夕食後、私は朝入ったばかりの執務室へ足を運んだ。
「来たばかりですまないが、今晩にでも"仕事"をしてほしい。一時半に地下室だ。どこの差し金かが分かればそれでいい。頼むよ」
「一時半ですね。了解しました」
 無垢な少女の傍に居ながら非道を成すことに、ちくりと胸が傷んだ。
 ◇
「おはようクリス、眠たそうね?」
 軽く痛む頭で朝食を食べていると、頭上から少女の声が降ってきた。メアリはここ、座っていい? と聞きこそするが、返事を待たずに向かいの席に座る。
「おはようございます、お嬢様。昨晩はあまり眠れなかったものですから」
 昨晩の密偵がなかなか口を割らなかったのだ。短時間の睡眠でも動けるように訓練してはいるが、それでも睡眠時間は長ければ長いほど良い。
「それはいけないわ! 今日は晴れているから港に行くけど、大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。いつ頃出られますか?」
「十時前くらいでいいかしら?」
「十時前ですね。わかりました。それくらいにはお部屋の前に居りますので、お声掛けください」
 ◇
 さざ波を遠くに聞きながら、私たちはベンチに座った。頬を撫でる潮風が心地よい。昨日私も乗った船から、数人の男たちが降り立つのが見える。
「あのね」
 不意にメアリが口を開いた。
「わたしのことを、ただのメアリ・ハンフリードとして扱ってくれる人を求めていたの」
 私がどう返答すれば良いか考えあぐねている間に、少女は次々と言葉を紡ぎ出す。
「でね、この島の外なら、わたしを知っている人なんていないでしょう? だから、わたしは外国に憧れていたの。でも、クリスはわたしのことをメアリって呼んでくれたじゃない? すっごく嬉しかったのよ。だから、島の外になんて出なくてもよくなっちゃった。あなたがいれば、わたしはわたしでいられる。それだけで十分なの」
「……そう、か」
 メアリは聡い。十一歳にして、"お嬢様"でいることを望まれているのだと気づいているのだ。そしてきっと、数年もすれば"淑女であれ"と教え込まれることにも勘づいているのだろう。
「お嬢ちゃん、メアリ・ハンフリードで間違いねぇな?」
 突然、ガラの悪い男の声が投げかけられた。
「え、ええ。その通りよ」
「ちょっと俺らに着いてきてくれねぇか? 大人しく言うこと聞いてくれりゃおイタはしねぇからさ」
「おい」
「あぁ? なんだぁ、兄ちゃん」
「お嬢様に用があるならまずハンフリード家に連絡しろ。それとも言えないような用件なのか?」
 男の後ろから、相手は一人だ、のしちまおうぜ、と怒号が聞こえる。
「それもそうだな。おら、全員でかかるぞ!」
凶器を持った男たちが一斉に襲いかかってくる。その数五人。
「メアリ、目を瞑れ。できれば耳も塞いでいろ」
 メアリを片腕で抱きかかえ、鈍器を振りかぶる男の腹を蹴り上げる。仲間の男が怯んだ隙に、二人目、三人目と蹴りのみで制圧していった。やけくそ気味にナイフを持って突進してくる男の首に手刀を入れて気絶させ、奪ったナイフを後ろに放る。大腿にナイフが刺さった男は悲鳴をあげて崩れ落ちた。
 案外呆気なく倒された男たちを眺め、唯一意識が残っている、ナイフの刺さった男に話しかける。
「おい、どこの差し金だ」
「い、言うかよ!」
 ナイフを踏みつけ、更に深く刺してゆく。男から苦悶の声があがり、やがて絶叫へと変わっていった。
「言え。それともナイフが貫通するほうが先か?」
「言う! 言うからやめろっ!」
「ああ、それでいい」
 その男が言うには、彼らは昨晩拷問にかけた密偵が雇った者たちらしい。ひとまずメアリをベンチに下ろすと、腰につけたポーチから縄を取り出して男たちをまとめて縛った。近くの商店で電話を借り、アダムに最低限の報告と男たちを連行するための応援を要請する。全てが終わったのは正午を少し過ぎた頃だった。
 ◇
 午後三時、私はメアリの部屋で紅茶を啜っていた。
「あ、このクッキーおいしい。クリスも食べてみて!」
 屈託のない笑顔に、また罪悪感を刺激される。この少女の笑顔は、まるで懺悔を促す聖母像のようだ。
「メアリ」
「なあに?」
「やはり私の手は、救世主を僭称するには汚れすぎている」
 メアリは二、三度目を瞬かせ、そしてゆるやかに微笑んだ。
「ううん、あなたは私を守ってくれた。私の心を救ってくれた。あなたは救世主様で間違いないわ」
 それは赦しだった。大罪を犯した私への告解だった。しかし彼女は司教などではなく。更に更に尊い存在なのだ。
 ああ、あなたは私の――
「救世主様(メシア)……」

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