正義のヒーローになりたかった。ひとりでも子供を救いたかった。
だから、陸上自衛隊に入隊した。丈夫な体が、俺が持つ唯一の取り柄だったから。
閑話休題。ここは政府・反政府両軍による内紛、そしてテロリズムが支配するところ。最低最悪の状況に陥った、中東アジアのとある国。
そんな国のとある街に、自衛官の俺は派遣された。
任務は、一般人の保護と生活レベルの向上。戦闘に従事する訳ではないが、必ずしも安全という訳でもない。いつ何時、空爆やテロが起こるとも知れないからだ。
街の人びとは皆、死の恐怖と共に生きている。
けれど皆、それをおくびにも出そうとしない。孤児院の子供たちさえも笑っている。背負っているのは、あまりにも酷な傷だというのに。
うわべだけ見れば楽しげな、笑顔の街だった。
休日、俺は病院――孤児院を兼ねている――へ手伝いに行く。人手は多いに越したことはないのだ。
「お兄ちゃん、おはよう!」
「おはよう、ナディム。今日も元気だな」
「元気なのが僕の取り柄だからね! ――あの人、診察に来たのかなぁ?」
ナディムの視線の先に居たのは、ベストを着た小太りの男。見たところ、怪我人のようではなさそうだ。
「診察をご希望ですか」
「いえ、道に迷ってしまって……。市場へ行きたいのですが」
「ああ、それなら案内しますよ。ちょうど買い出しに行こうと思っていたので。ナディムも行くか?」
「うん!」
「この通りが市場です。それじゃあごゆっくり」
「親切にありがとうございました。さいごに貴方に会えて良かった。――本当に」
不可解な言動に首を傾げるより早く、俺は直感的にナディムを胸に抱いていた。そのまま転がる。刹那、鼓膜を突き破らんとする轟音が鳴り響いた。それが爆発だと気付くのに、そう時間はかからなかった。
熱さは感じない。痛みもほぼ、感じない。ただただ、冷たい何かに殴られていた。
腕の中の少年をギュウと抱き締める。
「痛いよぉ、お兄ちゃん」
それが抱き締めすぎたせいなのか、それとも爆発による怪我のせいなのか、俺にはわからなかった。
どれほどの時が流れただろうか。数秒かもしれないし、数十分かもしれない。あらゆる感覚が失われたが、辛うじて意識を保っていた。
胸のあたりで振動が起こっている。きっとナディムだ。
遠くで――耳がいかれてしまったらしい――嗚咽が聞こえた。あやそうにも、声を出す方法さえ忘れてしまった。
俺はヒーロー失格だ。子供を泣かせ、死体まで目に触れさせるだなんて。
ああ、眠くなってきた。こうして思考を巡らせるのも億劫だ。もう少し、生きていたかったなあ。
ふわり。浮遊感に包まれた。
俺は生き続ける。
体が死んだとしても、心だけは、ずっと。
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